「触れる」ということから
「触れる」というテーマは、どれほど深いか。
と言ってみても、そのことを知らない人には、サッパリ分からない話だと思います。
医療従事者にとっては、必須の能力だと言っても、殆どの人は分からないし想像すら出来ないのではないでしょうか。
しかし、医療の実際は、触れることと会話で成り立っています。
もちろん、それぞれの専門的医療技術はあります。
その優先順位から言っても、先にあるのがこの「触れる」と「会話」です。
専門技術でも、患者さんの身体に触れるだろうし、器具を通しても同じく接触します。
その核になる「触れる」。
先日、フランスでお世話になっている人からメールが来ました。
そこには「触れる」ということはどんなことかを、メールの主の音楽家の手で分かり易く書かれていました。
なので、彼女に了解を得てその一節を紹介します。
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やせ細った祖母は、病室内の乾燥で、彼女の肌もとても弱っていました。
植物性のオイルでケアをしてあげようと思い、いざ彼女の手や足に触る時に、相手に触れるということにとても気を使いました。
以前日野先生に、どのように触れるか、というお話をしていただいた際に、『こうやって触れて行くんやで』と私の手を握ってくださった感覚を思い出しながら、オイルを伸ばして行くと、なんだか泣けてきて、感謝でいっぱいになりました。
『触れる』ということがちゃんとできていたとは到底思えませんが、彼女がとっても気持ち良さそうに、自分に任せてくれている表情を見て、号泣しそうで溜まりませんでした。
相手に触れるということは、自分を開放するというか、心を開いて行くことと同じなのかと感想を持ちます。
臨終の身にあるにも関わらず、こんな幸せな気持ちが目の間にあるなんて、私はきっと沢山の幸せや感動を見過ごしていたんじゃないかと、そんなことを思いました。
それもこれも、日野先生が『相手にふれる』という行為を、ここまで取り上げてお話くださったおかげだと思います。心から感謝します。
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どうでしょう?
しかし、医療従事者としての立場で、これを読むと何も分からないでしょう。
そういった事を取っ払って、一人の人間として読んで見てください。
hureruと、先日「明鏡塾」に1期からいる理学療法士の尾森君が話してくれていました。