February 17, 2019

December 21, 2018

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最新記事

今年の1月も仕事はフランスから始まった。

パリで待っていてくれたのは、ヨーロッパをはじめ世界で活躍する音楽家だ。

オペラ座の近くのレストランで、食事を取りながらの話がお祖母さんのことだった。

その女性からメールを貰っていたので、抜粋して紹介する。

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ただ、日野先生に私はとにかくお礼を言わ...

「触れる」という行為はこころと繋がっている

February 17, 2019

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特集記事

当たり前の事が出来ていなかった

February 2, 2018

新しい患者さん(40代男性、くも膜下出血、両側麻痺、失語)を担当したときのことです。

 

新しい患者さんを担当したときは、リハビリ開始の前日の夜に挨拶にいく。

予定表を持ち、患者さんの部屋に行き、挨拶をした。

失語があるので身振り手振りを交え、困っていることを聴いていた。

「足が・・・」「看護師・・・」「もっと・・」「重い・・・」のように言葉が単語で途切れてしまう。

しかし、その言葉に続いていたであろう苦しさや思いは、私に届いていた。

やりとりをしながら、ふと寒いのかなと思い聞いてみたが、言葉では伝わらない。

しかし表情がそれを物語っていたので、すぐに布団とタオルをもう一枚持っていき患者さんに届けた。

すると表情は少し和らぐがまだ硬いままであった。

私は何が足りないの だろうと周りを見渡した。

テレビを見たいのだと直感した。

同時に部屋の気遣いのなさに気が付いた。

テレビのイヤホンが患者さんに届いていない。

テレビとベッドの距離が遠い。

リモコンが手元にない。

テーブルが手の届く範囲にない。

ごみ箱が捨てやすい位置にない。

ティッシュに手が届かない。

私はこれらの全てを解決した。

それでやっと笑顔が見られた。

その嬉しそうな顔が本当に嬉しかった。

「これで大丈夫ですね」と言った帰り際、全く同時に握手をした。

 

そして患者さんが「明日からもよろしくね」と言葉につまらずに喋った。

 

その言葉が大変に嬉しく、また、治療というものを考えるきっかけになっている。

実際、今回のできごとのように失語の治療をしているわけではないのに、治療が成立している。

明鏡塾の「聴く」と、部屋の居心地がよくなるための工夫をしただけである。

施術以外のことも治療の一部であるということを、はっきりと示した結果になる。

また、握手のタイミングが同時であったこと、その握手の力が同じであったことから、私の「触れる」が患者さんに近づいたとのだと振り返っている。

 

「触れる」の技術は、感覚として磨いていくものと、関係(気遣い)によって宿るものがあると今回のことで学んだ。

 

理学療法士としての役割が「患者さんが治ること」であるならば、行動の全てが治療に繋がっていなければならない。

施術だけではなく、気遣いと行動の積み重ねである。

その行動の最中に必然的に知識が要求され、勉強をする必要がある。

 

また、わずかな言葉の違いだが、「治す」と「治る」には大きな違いがあるとこの患者さんから学ばせて頂いた。

「治す」は関係を無視しやすく、私がそれをしたいといった独りよがりの対応になる。施術だけが治療であると考えていると、これに陥る。

 

「治る」は施術だけでなくすべての行動が治療であると心得ているので、関係を尊重した対応になる。

当然、関係を尊重しているので良い治療結果となりやすい。

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