top of page
yamashamisyaka-3.jpg

つくづく明鏡塾は不思議なところだ

大阪明鏡塾1期から、連続で10期まで受講しているベテランの柔整師。

その方の、深い成長が伺える感想文が届いたので載せます。

その方が書いているように、明鏡塾では「色んな事を沢山しているのではなく」なのですが、受講生の方々は深く考え深い問題意識を持つようになっているので、必然的に「身体とは」から「人間とは」にレベルが上がります。

今期から、また新しく医師や歯科医師が受講しているので、自ずとレベルは最初から高いところからスタートでした。


:::::::::::::::::::::

こんばんは。

早いもので1年ももう半分過ぎそうです。


10期講座2感想

前々から明鏡塾と言うのは、本当に不思議なところだなぁと感じます。 もちろん特別な事をしているのですが、沢山色んなことをしていると言うのでもなく、同じようなワークをずっと続けていくだけで、こんなにもいろんなことが考えさせられ気付いて行く。


文豪ゲーテの一説に「∞を知りたければ、の中に有限∞を見つけよ。」というのが、昔本で読んで頭に残っており、それが常々へ実感として感じられる講座だと思います。


講座2が始まる前のひと月間に、いつもの触れる、ぴたっと触れるについて、力を抜くこと、体の使い方、聴くを出来るだけ維持することをやっていました。


相手にピタッと、触る、相手を感じる。 この純度が少し上がった様に感じ、この感じを深めていこうと思い講座2 に行きました。


ありがたくも、最初に先生に腰の施術をしていただき、悔しくもあまりの違いを痛感できました。

悔しいのですが、触る前から施術が終わるまでのあの1連の流れ違和感なく触られ、触られているその心地よさ、また言葉では丁寧と言えばいいと思うのですが、あまりにもその質の高さにびっくり。


びっくりしてる間もなく、肉体を離れた部分で自分と言う存在の空間が感じられるような感覚、かつ、的確にそこと言うピンポイントを触られる、そこから肉体が動いていくようななんともすごいなぁと本当に感じました。

これが触ると言う事なんだなぁと改めて実感しました。


頭ではわかっていても、講座で見つけた課題と感じたこと、これを実際の施術に生かしていくためには、どうしてその効果を出せるのか、また技術的な事にどうしても目が行きがちです。


しかしあの触れられた感じっていうのは、やはり明鏡塾で長い間お世話になり、少しは感覚が錬磨されたのか、今までとは全然違う捉え方を自分自身ができたことに非常に喜びを感じます。


あれ以降あの触られた感じを追いかけながら施術に励んでいますが、ピタッと触る相手を感じるレベルが少しアップし、本当の意味で、今までの施術とは、質の違ったより触るに近い施術になってきているなと思ったのですが、今月は技術的なことだけでなく、意識であったりとか感覚であったりとか、それがまた少しは前に進めたかなと感じています。


やはり仕事柄、相手の物理的な体物体としての意識が自分の中には強く、これではないと思いながら時間の兼ね合いもありなかなか進歩しないような焦りもありましたが、今月は日々へ過ぎていくごとに物質肉体と言うよりも、相手の意識や思い、その施術している場の空間、空気感、そういうものにより意識や感覚が向くようになり、今まではここがこうなっているから、こうだ。 と言うような施術しかできませんでしたが、それが薄れておそらく患者さんとのその関係性と言うところに少し入り込めていけてるんではないのかなと感じています。


例えば相手を感じている時間、触ったところからどこまで深く感じるか、そしてそこをなんとかしたいと言う意識。

こういうことが主になって体を使えていたようには思います。


本当に相手とコンタクトできたときに、周りの空間から感じられる手ごたえ、実感などが意識出来るのも大事だなと思います。


ただ、先生にこの間触られて思うのは何を触るのかがあまりにもブレずに明確であり、触ったところからの反応をとらえるのがまたすごいなぁと感じた次第ですが、ここはまた日々コツコツと精進して捉えるようになっていきたいと思います。


「聴く」を主に意識してやっていますが、これによりずいぶん長くできずに苦しんでいたこと、「感じている所に意識を集中する。」の質が少しは上がって来たかなと思います。


感じた所に意識が合えば相手、その場所が変化することが何度かありました。

明鏡塾の1番の楽しみは、このひと月の頑張りや気付きに対して次の講座でその気付き、予感に確実な方向性と次のレベルへの誘いがあることです。


また明日もよろしくお願いします。


コメント


特集記事
最新記事
bottom of page